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【805節:スポーツ】2021 TOKYO 総括 [スポーツ]

(パラリンピック閉会式のあと投稿)
さて、TOKYO大会2021の全日程が終了したので、現在の心の整理をしてみることとしよう。
観戦記:わたしたちは全員、「何か」を失ったこども
選手にとって
1. 番の幸運は、最高の好敵手(ライバル)が海を越えてやってくるということ。
(写真)伊藤みまさんを試合中に見つめる中国の選手(素材選定中)
…逆に云えばそれが得られた瞬間が、<果てなきひとり旅の終焉>とも思える。
2.「職業アスリート」は、ロスアンゼルスから始まった。
常々オリンピックの話題となると、私の細君が言っていることだが
(パラリンピックに関しては補助競技者を含めて)
海外選手は「本業」を他に持ち、その上で参加している。
もともとスポーツとは(気晴らし)の意であり、
気晴らしは<仕事との対極の行動>として生まれたものである。
また、歴史を紐解くと
近代以前ではその仕事とは軍事業務だった。
時は流れいつのころからか、<参加する意義>以上の意識が生まれ、
メダル戦争、いわゆる国威発揚のためのメダルの取得と色に拘る国が出てきた。
インターネットがないTV時代
その象徴として私が印象深い選手は
メアリールーレットンさん と、
カールルイスさん
である。
代理戦争という概念は選手の発揮能力を高めたが、その等量として苦しみも与えた。
(写真)ドーピングの象徴となった陸上選手
3.世界を<ほんとにすばらしきもの>とするために
4年ごとに必ずやるという戒律は、TOKYOで崩れたためもう拘る必要はない。
『何かを忘れるため』ではなく、「真の平和の祭典」として
<世界が平和を築いたご褒美>としての大会を希求したい。
(写真)聖火と
AANN20w.jpg
開催することができたら、関係者を含む参加者は全員が勝利者である。
ただし、それには幾つかの前提条件がある。
ーー 朱色会 ーー
…TOKYO大会が人類にとって最後の大会となることがないよう
ひとりひとりが考え、何かを成すことが大切だと感じた大会でした。
(言葉割れ、文化分かち、能力さえ異なる私たちだが、
 それでも世界唯一のものを共有している。)
代わりとして
わたしたちは失ったものがなんであるかを分かっているはず。
Q。それは何?
(校了


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