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【796節:映画】天気の子:★★★★ [映画(た]

鑑賞記:新海、自分の名前に「還る」。
ご注意:コメントには作品の内容が含まれておりますので、鑑賞後またよろしければ
    おこしください。
令和となって初めての映画レビューとなる。いつかはこの世も令和時代と括られる
ときがくるのであろうか?新海作品は意外にも初めてのレビューとなる。
では、始める。さて、年号にも多かれ少なかれ意味(希望)が込めれれているとは
思うが・・・さてさて元年が5月から始まったというのに、色々な事象や事件が起きるね。
1.「背景」は口ほどにモノを云い
アニメーションに限らず、「作品」というものは流派があり、その信奉者たちは
おおむね送り手にある種のおねだりをするものだ。この作品も所謂「新海流」派の
琴線に触れるシーンはふんだんに用意されており、それは安心してよい。
「あんた、之が好きなんだろ?」と作品から折伏を受けるが、心地よく「受ける」こと
は保証しよう。(ただし、新海派の方のみ。)
2.君は、どう「使われる」か?
【重用】から始まり、最果ては【不用】まで、生きるために人は他人を使ったり、使われたりする。
何かを成したい場合、ほとんどのそれは個人では不可能な為である。(映画もアニメも然り)

(用を用いる熟語)
https://kanji.quus.net/jyukugo1992/2jijyukugo.htm


『そうそう、私もオトコやカイシャから【利用】されてね。。』

・・というような迎合を私はこの記事の読者に求めたいわけではなくて
そのような「雑念」(自分の心が作り出した雑音)から解脱できる境地が在ることを、
この映画を体験した貴方の力を借りて伝えておきたい。

主にそれは3つの境地がある。
ひとつは新海監督のように生きる志が決まっている場合
自分が成し遂げたいことが決まっている人にとっては、それ以外のことにあまり
頭や心を使う暇がないのである。

二つ目は私のように、「死地から復帰した体験を持つ」者。
これは少数派となり、本編では割愛させて頂きます。

3つめが大多数だと思うが、
自分の発揮した力の先に、他人の幸福(笑顔)が見える場合
読者に置かれましてはその「境地への旅」に是非参加頂きたい。

・・・あ、映画のはなしだったね。
3.「境遇」という名もなき体験に、「不幸」という名前を付けた名付け親は、あなた自身
だけなのだ。この映画に登場する人物たちも、多かれ少なかれそれを手にしていたり、背負ってみたり
している。しかし、天変地異は実際の世界にも、そしてこの映画の世界にも起きているのに
「人が人によって失われる事件」は発生せずに終幕する。それはなぜなのだろうか?この映画を観た人は
その理由を感じ取れるだろう。
それではまた、どこかの劇場で。
IMG_5571.jpg
(校了

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